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 ちょっと前だけど。

潮流:弱小言語を救済せよ=客員編集委員・黒岩徹
 民族のルーツ探しの手段は、DNAという新しい方法が見つかる前には言語だった。ジプシーと呼ばれたロマ人の祖先が、北インドから西に移動したことも彼らの話す言語から判明した。言語こそ民族固有のものだった。

 その言語が今、世界から失われつつある。世界には言語が7000あるといわれ、うち3500の弱小言語は消滅しつつある。語る人が死んでいくため、世界の言語は2週間にひとつずつ消えているとの推計もある。

 だが、住民の努力で危機をはね返している例もある。例えば、アフリカ・コンゴ川流域の言語とポルトガル語スペイン語の混ざった南米コロンビアのパレンケロ語。17世紀にアフリカからポルトガル人商人に強制的に拉致された奴隷が、スペイン語の支配的なコロンビアの町から集団脱走し、ジャングルに逃げ込んだためにできた三つの言語を含む独特の言葉。だが、孤立した村が20世紀に文明と接触し言葉も失われつつあった。パレンケロ語を救え、と地元教師らが教育の中にこの言葉を取り入れて危機を脱しつつある。言語保存運動を進める教師は言った。

 「われわれの祖先はアフリカでとらえられ、コロンビアに連れてこられても逃げ出して何世紀も生き延びるほど強かった。何が起ころうとも言葉はわれわれとともに生き延びるだろう」

 なぜ弱小言語の存続が大切なのか。米ペンシルベニア・スワートモア大のハリソン准教授(言語学)は「言葉を失うとき、われわれは時、季節、動物、景色、神話などの何世紀にもわたる民族の考え方を失うのだ」と文化の消失を指摘する。さらに言語を失えば民族のルーツが分からなくなる。ロマ人のルーツが言語から判明したように、言葉は民族の基盤にあるのだ。

 もっとも最近、ルーツ探しを拒否する動きもある。DNAの調査が民族差別につながると調査拒否を表明する少数民族もいる。本当のルーツを知りたくない、という気持ちか。そういえば筆者がアメリカ・インディアンの指導者にインタビューしたときを思い出す。

 アパッチ族の長、ジェロニモの子孫メスカレロ・アパッチ族のウェンデル・チノ族長は「アメリカ・インディアンは遠い昔アジアから渡ってきたといわれるが」との質問に烈火のごとく怒った。「それは白人の考えだ。われわれの祖先は天から降りてきたのだ。神話、伝説がそれを示している」

 言語を救うのはいいが、ルーツ探しの深みに入りこむと反感をかうかもしれない。(東洋英和女学院大教授)

毎日新聞 2008年4月22日 東京朝刊

http://mainichi.jp/select/world/news/20080422ddm007030068000c.html